清泉小だより

Instagramフォロワー数3000人超えました!

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今後も学校生活の様子が分かる投稿を続けてまいりますので、引き続きお楽しみください。

周りの方のために自分ができること

今日は「節分」。鬼は外、福は内、と豆をまいて無病息災を願いますが、「節分」には漢字で分かるように「季節を分ける」という意味もあります。暦の上では季節の変わり目で、明日は立春。少しずつ春の訪れを感じられることでしょう。

清泉小学校は青少年赤十字に加盟しており、青少年赤十字の一員です。昨年は、防災についてスタッフの方にお話をいただきました。夏休みには5・6年生の4名が青少年赤十字のリーダー研修に参加して、9月にこの朝礼で発表してくれました。

赤十字マークを見たことはありますか?病院や献血バスに赤十字マークがついていることがあります。赤十字の方々は東日本大震災やウクライナの人道危機で救援物資を送ったり、紛争地域での救援活動を行ったりしています。それでは赤十字は、いったい誰がつくったのでしょうか。

今朝は、赤十字をつくったアンリー・デュナンについてお話をします。アンリー・デュナンを知っていますか。

赤十字の父と呼ばれるアンリー・デュナンは、およそ200年前の1828年、とても裕福な家庭に生まれました。お父様もお母様も愛情豊かで、周りの方を大切にする人でした。たくさんの愛を注がれてデュナンは育ちます。上流階級であったにもかかわらず、お母様は下町の汚い裏通りに住む病気の人を元気づけたり、貧しい人々のお手伝いをしたりしていました。デュナンも幼いころからお母様と一緒に貧しい人のところに行って、お手伝いをしていました。また、聖書とお祈りも大切にしていたそうです。これらの話は、聖ラファエラ・マリア様の幼少期と似ていますね。

大人になったデュナンは、アフリカ北部のアルジェリアに小麦の農場と製粉会社をつくります。小麦を育てるためには水が必要でしたが、水を使うためにはフランスに願い出なければなりませんでした。(そのころアルジェリアはフランス領だったため)でも、なかなか許可が下りません。そこでデュナンは、イタリア北部の戦場にいるフランスの皇帝、ナポレオン三世に会いに行きました。

イタリア北部では、ソルフェリーノの戦い(フランス・サルディーニャ連合軍対オーストリア軍)があり、多くのけがを負った兵士たちが教会に運ばれていました。そこにまさにデュナンの馬車が通りかかったのです。デュナンは恐ろしい光景を見ました。多くの負傷兵が所狭しと横たわっていたのです。まだいのちがある者、息絶えた者・・・そのむごたらしさにデュナンはすぐに重症者には励ましを、死にかけている人にはそばで寄り添う、などの手伝いを始めました。しかし薬、包帯、人手などなにもかもが足りません。町の人に協力を得るために「救護に役立ちそうなものがあったら分けていただけませんか。」とお願いしてまわり、何とか町の人にも協力をしてもらいました。
そんなとき、「あんた。何をしているんだ。それは敵の兵隊だ。助けなくていい。」という声がしました。
それに対しデュナンは「やめなさい。傷ついた者に敵も味方もありません。人類はみな兄弟です。」と声を上げました。
「人類はみな兄弟」を合言葉に声をかけあい、どの負傷者に対しても国籍に関係なく、同じように手厚く世話をしました。デュナンとともに自由意思で参加した人たちは、負傷兵はもはや兵士ではなく一人の人間として等しく扱わなければならないという、のちの赤十字の基本原則を実践していったのです。それは良きサマリア人のようでした。

三日三晩、寝る間を惜しんで救護にあたったデュナンは、フランスの陣地にいるナポレオン三世のところに向かいました。小麦を育てるために水を使わせてほしいとお願いをしに行くはずでしたが、皇帝のお付きの人に願ったことは、「負傷兵は悲惨な状況にあります。フランス軍の捕虜になっているオーストリア軍の医者をすぐに解放してください。」ということでした。いのちを救うために一人でも多くの医者が欲しいと願い、本来話したかったアルジェリアの小麦のための水のお願いはしなかったそうです。製粉工場よりも負傷兵のいのちを優先したのです。結局デュナンの会社は倒産しました。しかしながら、デュナンはやるべきことを見つけたことになります。

戦争が終わり、デュナンはスイス・ジュネーブに戻って「ソルフェリーノの思い出」という本を書きました。「戦争を起こしてはなりません。どうしてもそれができないなら、敵味方の区別なく助ける団体をつくるべきです。」と世の中に訴えたのです。そしてジュネーブ条約が成立しました。それは、たとえ戦争がおきても、赤十字マークのついている施設や人を絶対に攻撃してはいけない、という決まりのことです。その37年後、デュナンは第1回ノーベル平和賞を受賞しました。

赤十字のマークはスイスの国旗の色を逆にしたものです。スイスの国旗は赤地に白い十字ですが、赤十字マークは白地に赤色の十字です。日本での赤十字は、1877年の西南戦争のとき佐野常民が設立した「博愛社」が原点です。清泉小学校の卒業生、近衛忠輝さんは日本赤十字社の名誉社長でいらっしゃいます。

最後に赤十字の基本原則は7つ「人道公平中立独立奉仕単一世界性」。人道が一番の基本です。「どんな状況でも人間の苦しみをやわらげ、生命と健康を守るやさしさ、思いやりをもつ。」ことです。

これからも青少年赤十字の一員として、生命の尊重のため、周りの方の幸せのために自分ができることを考えてまいりましょう。清泉小学校の「お友だちを大切に」の精神と重なります。

参考文献
「赤十字の父アンリー・デュナン」春風社
「青少年赤十字のひみつ」学研

一人でも正しいことをするということ

今日は「大寒」。1年で最も寒いと言われている時期です。しかしながら春に向けて少しずつ自然界は動き始める時でもあります。「横浜から梅の便りが早々に届きました。」と先日ニュースで聞きました。観測史上最も早いそうです。三浦に行った時も、この時期ならではの自然探しを楽しんでくださいね。

今年度は、清泉で大切にしている10の価値「生命」についてお話をしています。今日は前回お話ししたコルベ神父様と同じ時代を生き、多くの人々の命を救った杉原千畝さんの生き方を通して考えてみたいと思います。皆さんは杉原千畝さんを知っていますか。

杉原千畝さんは、1900年に岐阜県で生まれました。クリスチャンだった杉原千畝さんは「神は愛である」という言葉を大切にした正義感のある心の真っ直ぐな方でした。学校を出た後、満州国で外務省の仕事をしていましたが、そこでの様子に我慢できず、その職を辞めて日本に帰ってきたそうです。その後結婚をして、1937年からフィンランドで外交官の仕事をすることになり、ヨーロッパに船で渡ります。ロシア語が上手な杉原千畝さんは、1939年、リトアニアのカウナスの日本領事館で、外交官としてソ連についての情報を集める仕事をするため転勤になります。その年の9月1日、ナチス・ドイツはポーランドに攻め込み、2日後イギリスとフランスがドイツに宣戦布告し第二次世界大戦が始まりました。ポーランドはナチス・ドイツに占領され、ユダヤ人は大人も子どもも強制収容所に連れて行かれてしまいました。

1940年夏、リトアニア領事館の前にたくさんのユダヤ人が集まってきていました。ポーランドから逃げてきたユダヤ人避難民でした。ナチス・ドイツからの迫害を逃れ安全な国へ逃げるため、ソ連と日本を通る通過ビザを発給してほしいとやってきた人々だったのです。命からがら着のみ着のままで、ドイツ兵に見つからないように子どもの手をしっかり握って必死に歩いてきた人々でした。

杉原千畝さん家族も外の様子を心配して見守っていました。
「あの人たち、何しに来たの?」「悪い人につかまって、殺されるかもしれないから、助けてくださいって、言っているのよ。」「パパが、助けてあげるの?」そんな会話が奥様とお子さんの間で交わされました。

杉原千畝さんは日本の外務省にビザの発給許可を問い合わせましたが、「行きたい国から入国の許可証をもらっていない人には、日本に入るビザを出してはいけない」と、ビザ発給は認められませんでした。その頃、日本はドイツ、イタリアと手を結び、日本に批判的なアメリカやイギリスと対立する方向へ向かっていました。ですから外務省はドイツに逆らうビザを出すことを認めなかったのです。
杉原千畝さんがユダヤ人避難民にビザを発行したら、日本の外務省に背くことになります。「日本の外交官という立場」、「目の前の大勢の人々のいのち」そして「杉原さん家族の安全」と、杉原千畝さんは悩みに悩んでいました。そしてついに「これだけの人を置いて、私たちだけが逃げることはできない」と決心し、集まった人々にこう言いました。「日本の領事館は、ユダヤ人に通過ビザを出します。」それからは寝食を忘れるほど必死に、ユダヤ人避難民にビザを書き続けました。
「世界は大きな車輪のようなものです。対立したり、争ったりせずに、みんなで手をつなぎ合って、まわっていかなければなりません。では、お元気で、幸運を祈ります。」などと励ましの言葉をかけながら、万年筆が折れてしまうほど毎日毎日ビザを書き続けました。リトアニアの日本領事館を閉じなくてはならない1か月間という期限ぎりぎりまで、6000人以上に通過ビザを書いたのです。モスクワの日本大使館にも応援を頼んだり、次の国への汽車に乗り込むぎりぎりまで書いたりしたそうです。

戦後、日本にやっとの思いで戻ってきた杉原千畝さんは、外務省を追われ、やめることになりました。

ビザを発行してから28年が経った時、杉原千畝さんが書いたビザで生き延び、イスラエルの日本大使館で働いているニシュリさんという方と会うことができました。ニシュリさんは「これを覚えていますか。」とぼろぼろになった杉原千畝さんが書いたビザを見せました。「あのビザで多くの人が助かったんだ。」とようやくわかり、杉原千畝さんは心から喜ばれたそうです。6000人を超える人々のいのちを本当に救ったのです。現在その子孫は25万人以上にもなるそうです。

杉原千畝さんは1986年に鎌倉で亡くなられ、お墓も鎌倉にあります。生前「当たり前のことをしただけです。」とおっしゃっていたそうですが、自分を顧みず、人のいのちを一番に考え、たくさんの勇気と英知を持って、困難に立ち向かった杉原千畝さんの精神は、私たちに多くを語りかけています。違う国の人だからとか、私と考えがちがう人だからと見捨てることなく、神さまからいただいた一人ひとりのいのちを最優先に考えたのです。「一人でも正しいことをする」ということを恐れず実行することは、なかなか難しいことですが、このような立派な方がいらしたことを知ることで、私たちにも何ができるかを考えることは大切です。平和を守ること、お友だちを大切にすること、お祈りをすることなど、小さくても自分の周りから実践してまいりましょう。

2月15日(日)カトリック小学校合同説明会のご案内

2026年2月15日(日)、カトリック山手教会で横浜教区のカトリック小学校が参加する合同説明会が開かれます。
清泉小学校も参加いたします。事前のご予約は不要です。
皆さまのお越しを心よりお待ちしております。

日時 2026年2月15日(日) 13:30~15:30
場所 カトリック山手教会 〒231-8652横浜市中区山手町44
JR石川町駅 南口から徒歩約10分
みなとみらい線 元町中華街駅アメリカ山公園口より徒歩約15分
神奈中バス11系統 桜木町駅から乗車し山手町バス停下車すぐ

リャマさんと一緒に

 長い夏休みをできるだけ快適に過ごせるようにと、夏休み直前に放牧場を広げていただいたのですが、放牧場のくぼ地をトイレとしてしまい、臭いと処理が大変になってしまいました。牧場の方にご相談して、汚れた土をできるだけ取り除いて土を入れかえ、消毒後にウッドチップを蒔くことにしました。子ども達の努力もあり、トイレ問題も解決しました。

 秋になり、落ち葉を食べている様子を見て、夏までのように緑の草がないことに気づいた子ども達は、教室前の花壇にブロッコリーの苗を植えて育てたり、学校近くの八百屋さんに野菜をいただけるかお願いに行ったりしました。

 さらに、子ども達はもっとリャマさんのことを知りたい、近づきたいという想いで、目の様子や口の様子、動きの様子をよく見たり、大きさを紙テープで測ったりしました。その中で、換毛期にうまく毛が抜け替わっていないことから、「皮膚病じゃないか?」と心配の声も上がりました。牧場の方に相談すると、「様子を見てください。」とのことで、悪くなっていないかを見守っていました。また、「首輪が毛に埋もれているのではないか」と気がつき、新しい首輪をプレゼントするために、首の太さを測ったりもしました。

 そして、10月28日には2歳の誕生日会を、終業式の日にはミニクリスマス会を開くなど、自分たちの仲間の一人として、共に過ごした2学期でした。

5年N組 総合学習

 5年N組の総合学習では、1学期に国語の授業で調べたユニバーサルデザインをきっかけに、「全ての人々を大切に」というテーマのもと、福祉について深めています。

 どのような障がいをお持ちの方がいらっしゃるのかや、私たちの暮らしを支えるマークの勉強などをはじめとして、社会福祉士の方をお招きし、「福祉」についてお話をうかがいました。福祉とは、障がいをおもちの方や病気の方などを支えることではなく、身の回りの助け合いこそ福祉であること、お互いを思いやる気持ちが福祉の始まりであることなど、大切なことを教えてくださいました。

 

 また、実際に普段車いすを使って生活していらっしゃる方や、全聾の方、全盲の方をお招きして、聴覚・視覚障がいなどについてご自身の生活経験も合わせてお話を伺いました。「大事なことはお互いに理解し合うこと」どなたも共通して伝えてくださったメッセージを子どもたちは、大事にメモに残していました。手話や点字体験、車いす乗車体験もさせていただき、大変貴重な学びの時間となりました。

 私たちの身の周りには、様々な方がいらっしゃいます。実際に当事者の方にお会いし、知ることで、他者理解を深め思いやりのある行動に繋げていってほしいです。

ボーイズ聖歌隊 クリスマスコンサート

「イエス様が生まれる イエス様が生まれる 世の暗闇を照らす光」

イエス様のご誕生をお祝いするクリスマスコンサート。祈りの聖歌を歌い、4、5、6年生のボーイズの澄んだ歌声をお捧げしました。

おさな子イエス様のご誕生を思いながら、今年も皆様の心に新しい光が宿りますように。

お聖堂がボーイズの歌声で響き渡り、クリスマスの祈りが温かく広がりました。

3学期始業式

明けましておめでとうございます。

2026年を新たな気持ちで迎えられたことと思います。

たくさんの方から、年賀状をいただきました。ありがとうございました。午年にちなんだ絵が上手に描いてあったり、お写真があったり、メッセージが添えられていたりして、1枚1枚嬉しく拝見しました。メッセージには、「2026年をこんなふうに過ごしたいです」という決心が多く書かれていました。

1年生のある方は「きょねんよりもかみさまのことをかんがえながら生かつしたいです。」と書いていました。神さまのことをもっとよく知って、いつも共にいらっしゃることを実感できますように。「おみどうでもっとおいのりしたいです。」と書いていた2年生がいました。お祈りをすることで、神さまを近くに感じられることでしょう。

また他の2年生は「今年はお友だちのことを前よりふかく考えて、学校生活をすごしたいです。」と書いていました。お友だちと共に過ごしていると、きっと考え方の違いにどうしたらいいかと思いめぐらすこともあるでしょう。一緒に遊んだり学んだりしながら、お互いをよく知り合い、認め合っていきましょう。

3年生の方からは「昨年はお勉強もむずかしくなってきて大変でしたが、お友だちからあたたかい気持ちをたくさんもらった1年でした。今年はわたしもみんなにやさしさをお返ししていきたいです。」というメッセージをいただきました。清泉小学校の良さである「温かさ」を感じます。お友だちとのつながりを今年も大事にしていきましょう。

4年生のある方は「今年はみんなが笑顔でいることができるように、自分がやってもらってうれしいことを心にとめて学校生活を送っていこうと思います。」という決心を書いていました。自分がしてほしいと思うことを、勇気をもって実行できるようにがんばってください。

5年生は高学年らしく「初志貫徹が今年の目標です。」ときっぱりと書いていた方がいました。何事もあきらめず最後までやりとげることはとても大切なことです。応援しています。

そして6年生からは「卒業まで気を引き締めてがんばります。」「正直に取り組みます。」という言葉がありました。卒業まであと少しですが、下級生にどんなメッセージを残してくださるか、楽しみにしています。

戦争と平和について考えた方もいました。1年生のある方は、2学期の講堂朝礼の話から「せんそうのおはなしをきいてこわいとおもいました。ユダヤ人がどくガス室にいれられてころされてしまうおはなしがかなしいおはなしでした。ことしはへいわな日本にすみたいです。」と書いていました。5年生のある方は、総合学習を通して「戦争は好きなものをきらいに変えてしまう恐ろしいもの。」ということを学び、平和の尊さを感じていると書いていました。

教皇レオ14世は、「世界平和の日」のメッセージで
「すべての皆さんに平和があるように」「謙遜で、忍耐強い平和」について話され、「他者を平和へと導きたいならば、まず、あなたがた自身が平和を持ちなさい。あなたがたこそが平和を固く保ちなさい。他者に平和の光を燃やすには、あなたがた自身の中に平和の光を灯さねばなりません。」という聖アウグスティヌスの言葉を引用しながら平和な世界を願われました。
私たちも「お友だちを大切に」すること、お互いを認め、ゆるし合いながら過ごすことを心にしっかり留めて過ごしましょう。自分の心に平和の光を灯し、世界の平和を祈りましょう。

3学期はまとめの学期です。気持ちよく一学年を終えられるように、つぎの2つのことに気をつけて過ごしてまいりましょう。

1.感謝の気持ちを持って
「ありがとうございます」をクラスのお友だち、先生、おうちの方、周りの方々に意識して伝えましょう。教室やいす、机などの物も丁寧に扱いましょう。

2. 一つひとつに心を込めて
例えば字を書くとき、次の授業の準備をするとき、お掃除のとき。それぞれのことに心を込めましょう。

これから寒さも増してきます。体調には十分気を付けましょう。1年間の総まとめの3学期が有意義な日々となりますよう願っています。

 

終業式

今日で、1年で1番長い学期、2学期が終わります。

2学期の始業式で、皆さんに
「2学期は自分の力を発揮するときです。やらなくてはならないことには誠実に、これをすると周りの方が喜んでいただけると気づいたときは自らすすんで、積極的にやっていきましょう。神さまからいただいた力を惜しまずに使っていきましょう。」とお話をしました。

今振り返ってみていかがでしょうか。いろんなことがありましたね。9月とはちがう皆さんがここにいます。心も体も大きく成長しました。

1年生は合宿が初めてでしたね。お友だちといっしょにどきどきわくわくしながら、長い時間を過ごした時間は楽しかったことでしょう。

2年生は、お世話をしているハニー君と、さらに多くの時間を過ごして、ハニー君のことをよく知ったことでしょう。

3年生は鎌倉調べを続けることで、鎌倉への想いが深くなったことでしょう。

4年生が主催したクリスマスの集いでは、クリスマスの温かさが伝わってきました。一人ひとりが輝いていました。ありがとうございました。

5年生は総合学習で、それぞれのクラスが「戦争と平和」「福祉」について深く考えました。多くの学びがありましたね。

6年生は、ハンガーバンケットが貴重な体験であったことでしょう。世界のもうひとりのお友だちのことを考えるよい体験でした。どうしたら困っている方々に寄り添うことができるか、みんなで考え合ったことを、忘れないでくださいね。

そして清泉小学校の皆で共に過ごした秋の集いは、心に深く刻まれたことでしょう。精一杯の力を出し切った結果が、赤組青組の同点につながりました。皆さんの姿は、見ている人たちの心を動かしました。すてきな秋の1日でした。

このように2学期を振り返ってみると、達成感でいっぱいの人が多いことでしょう。よくがんばりました。

さて、もうすぐクリスマスを迎えます。プレゼント、ケーキ、イルミネーションと街はにぎやかです。イエス様がお生まれになったことをお祝いするメッセージは街にはありませんが、なんだか心がうきうき温かい気持ちに周りの方々もなっていると思います。本当のクリスマスの意味が分からなくてもクリスマスを日本では味わっています。しかし、皆さんは本当のクリスマスのことを知っていますね。ベツレヘムで宿に泊まれず、家畜小屋でイエス様はお生まれになります。マリア様とヨセフ様のそばで飼い葉おけに寝かされたイエス様の誕生を、羊飼いたちや星の光を頼りにやってきた博士たちが心から喜びお祝いします。世界で最初のクリスマスは、小さい小さいクリスマスでした。神さまは人としてイエス様を私たちにプレゼントしてくださいました。一人ひとりを愛で包んでくださる神様に感謝して、このクリスマスをお祝いいたしましょう。

冬休みは、久しぶりにお会いする親戚の方もいらっしゃると思います。どのように接しますか?笑顔で、温かい挨拶を心がけ、冬休みも「お友だちを大切に」しながら過ごしましょう。

生活リズムを崩さず、よいお休みを過ごしてください。皆様のためにお祈りしています。
2026年1月8日に、元気にまたお会いしましょう。

クリスマスの集い

 神様はこの世界に「喜びと平和」が訪れるように、私達にイエス様を贈ってくださいました。

 クリスマスを待ち望むこの待降節に、4年生は「喜びと平和」のために自分達に何ができるかを考えました。

お話『はりねずみくんのクリスマス』 

 はりねずみくんは、お友達が喜んでくれるプレゼントは何がいいかな、と一生懸命考えます。森の動物たちもそれぞれお友達のために温かい優しさを分け合います。

『にじいろのクリスマスプレゼント』 

 神様の愛はにじいろです。「きくこと」「ほほえみ」「ゆるすこと」「かんしゃ」「ほめること」「しんらい」「いのること」…この7つの愛の姿を私達がお友達に贈ることができたら、私達も平和を創る担い手になることができるのです。

 クリスマスに私達の心の中にイエス様をお迎えできるように、各学年でクリスマスの実行をし、イエス様に実行のお捧げをしました。また、世界のもう一人のお友達のためにクリスマスチャリティーをしました。自分のあり余った物やお金を差し上げるのではなく、自分の大切なものを分けてあげること、世界のもう一人のお友達の気持ちや生活に思いを寄せ、自分にできる我慢や節約をし、その中から生まれたものを差し上げることを大事にしました。

 今年はカトリック教会で25年に1度の『聖年』です。4年生は2025年聖年公式聖歌『希望の巡礼者』を合唱し、喜びと平和のクリスマスをお祈りしました。今年もみなさまの心の中に幼子イエス様がお生まれになりますように。

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