清泉小だより

1年生 1学期 総合学習の様子

 1年生は、入学して1か月ほど経った5月13日に平塚ふれあい動物園に出かけました。それは、総合学習のテーマを考える上でのヒントを得るためです。

 総合学習のテーマは、クラスの皆で話し合って決めています。動物の飼育に限ったことではなく、児童の興味関心を見取りながら担任も寄り添って決めていきます。

 今年度は、やはり動物園でふれあった動物達に関心が集まり、ヒツジ・ヒヨコ(ニワトリ)・ハムスター・モルモット・ウサギで話し合いが続きました。それぞれテーマにしたい動物について調べて皆に発表し、徐々に絞る活動からスタートです。

 絞っていく過程で、子どもたちの心には様々な葛藤が生まれます。思い通りにお友だちの賛同が得られない中で、どう折り合いをつけていくのかも大きな学びになります。自分の気持ちをはっきりとお友だちに伝えることはとても大事なことですが、一人ひとりが自分の想いだけを貫いていたのではなかなか一つにまとまりません。毎日のように話し合いを重ねる内に、お友だちの考えにも耳を傾けられるようになることで、活動が大きく動きます。

 1か月ほど経った6月2週目にようやく2クラス共にウサギを迎えたいと決まりました。何と昨年まで2年生が飼育していたリャマのハニー君を貸してくださった牧場からウサギもお譲りいただくことができ、6月15日にお迎えすることができました。

 急なことでしたが、子どもたちは大喜びでお迎えする準備をしました。

 早速お世話も始まりました。

 次に子どもたちが取り組んだことは、「お名前をつける」ことです。私たちもお父さま、お母さまからお名前をいただきました。そこで、ご両親がどんな思いを込めて名前を付けたのかをお聞きし、そこに願いがあることを知りました。今度は「ご両親からの最初のプレゼント」である名前を、自分たちもうさぎさんにプレゼントしたいと意気込んで熱い話し合いが続きました。

 一つのクラスはどうしても決められず、最終的にうさぎさんに決めてもらおうと候補の名前を紙に書き、最初に行った「なざれちゃん」に決まりました。もう一方のクラスも最後の2つが拮抗し、苗字と名前ということで「シエロるり君」に決定しました。なざれちゃんは、ナザレト組というクラス名からでシエロはスペイン語(本校の経営母体がスペインの修道会であるため)の天・空という意味で、神さまにいつも見守られるようにということ、瑠璃色はとてもきれいで青い地球や空と重なることからつけられました。

 子どもたちは、すでにシエロるりくんやなざれちゃんのためにしたい活動に目が向いており、2学期からの総合学習を早くも楽しみにしています。

B組のシエロるりくん

N組のなざれちゃん

2年生の様子

 梅雨明けもしていない中で突然降り注ぎ始めた真夏のような日差しを浴びながら、2年生の子ども達は勉強を楽しみつつ頑張っています。これまで、国語はスイミー、算数は長さやかさを勉強しています。

 「スイミーはどうして黒いのだろう」

 「スイミーが出会ったくらげ達について考えたい」

 「スイミー達のその後が気になる」

 純粋な視点で作品に親しみ、読むたびに新たな疑問が生まれてきます。

 算数の長さやかさのお勉強では定規やますを使って体感的に学ぶことも大切です。正確に測る(量る)ことは意外に難しいものですがお友だちと和気あいあいと学んでいます。

 中庭ではミニトマトの実が膨らみ始めており、夏の収穫が今から楽しみです。

 総合学習で取り組んでいる小豆は、花芽を出そうとしています。まだ収穫はできませんが、一度小豆からできるあんこを作ってみたいということで、あんこ作りをしました。

 小さな固い一粒の小豆が、水の中でぐつぐつと音を立てて煮ることで、ふっくら大きくなっていく様子を見ることができました。煮汁は美しいワイン色で、この煮汁で染めた布は偶然にもリクガメのぼっこちゃん色となり、今度またあんこ作りをしたら、ぼっこちゃん色の染め物をしようという希望も生まれました。あんこに添える白玉も上手にできて、美味しい笑顔がいっぱいの時間となりました。

 大切に育てている小豆は、これから暑い夏を迎えようとしています。この夏を超えて、美味しい小豆がたくさんできるよう、収穫のお恵みを待ち遠しく感じている今日この頃です。

英語の授業のご紹介(6年生)

 今回は、6年生の英語の授業の様子をご紹介します。

 6年生では、英語の教科書に準拠した生成AIアプリを活用し、学習する表現の意味や発音を繰り返し練習しています。学習した単元は、「Where are you going?」「I’m going to ~ to …」という to不定詞(「~するために」) の表現です。

 その後、お友達と学習した表現を使い、自分のことに当てはめた会話練習を行います。

 最後は、街中でお友達にばったり会った場面を想定したロールプレイに挑戦します。子どもたちは教室の左右から歩き、お互いに出会ったという設定で会話を行い、「I’m going to Paris to eat baguettes.」など、自分のことに置き換えて英語で伝える活動に取り組みました。

 このように、「意味を理解する」「生成AIで練習する」「お友達と伝え合う」「実際の場面を想定して話す」という流れを繰り返すことで、学んだ表現を「知っている」だけでなく、「使える」表現へとつなげています。

 また、この生成AIを活用した学習は4年生から継続して取り入れています。毎時間、一人ひとりが英語を話す機会を十分に確保することで、英語を話すことへの心理的な不安を軽減し、自信をもってコミュニケーションを楽しめるようになることを目指しています。

平和の鐘

来週の金曜日は、一学期の終業式です。皆さんよくがんばりましたね。

夏休み、皆さんは楽しい計画をたくさん立てていることでしょう。そんな中でもぜひ、おうちの方と戦争と平和について考えてみてください。8月6日は広島原爆の日、8月9日は長崎原爆の日、そして8月15日は終戦記念日です。夏休み中、ニュースや映画などでも皆さんが目にする機会はあるでしょう。戦後80年を越えましたが、いまでも世界には、戦争や内乱があり、貧困で苦しい想いをされている方がいらっしゃいます。

今朝は世界の平和を願って、ニューヨークの国連に平和の鐘を送った方のお話をします。
中川千代治さんとおっしゃる方です。国連「国際連合」とは、主として世界の平和と安全を維持するための機関です。

中川千代治さんは、2回戦争に行き、命の危険、仲間をたくさん失うなど、想像を絶する大変つらい思いをして帰国されました。そしてこう決心するのです。
「誰もが平和を望んでいるのに、国と国の対立という大きな力に負けてしまう。それでも一人ひとりが平和を願えば、いつかきっと人々が理解し合い、殺し合いのない世の中になる。そのためには世界中のコインを集めて、溶かして、平和の鐘を造り国連本部に送りたい。」

そしてその強い想いを伝えながら、国を越え、宗教を越えて世界中のコインを集めました。
ドイツのベルリンに行く飛行機の中でキャビンアテンダントさんから、ドイツの東西が分裂していた時のベルリンでソ連(ロシア)の兵士から、バチカンの教皇様ピオ12世から、そして日本国内で・・・世界中のコインを集めたのです。

千代治さんの想いに心を寄せた人々のコインで造られた平和の鐘は、国連に送られ、今でも9月21日の国際平和デーで国連事務総長が鳴らします。

さて、2年生に、国連平和の鐘を守る会の会員の方がいらっしゃいます。
今日はこれからこの鐘のことについて、詳しく皆さんに発表してくださいます。

国連平和の鐘には「世界絶対平和萬歳」と書いてあります。これは、平和がずっと続いてほしいという願い、万年も続くように、という意味だそうです。
夏休みの間、皆さんと距離は離れていますが、心は合わせて、共に平和を願い、祈りましょう。

理科の授業の様子

 今回は3年生と4年生の授業の様子をお届けいたします。

 3年生は「植物の育ち方~花~」という単元です。

 春に子どもたちが植えたホウセンカとヒマワリのたねが夏の気温の高さもあって、大きく育ちました。花を咲かせたホウセンカや、2mをこえる高さのヒマワリに子どもたちも驚きながらも、育った様子をよく観察しておりました。

 夏の終わりには、花が実を結び、たねができていることでしょう。

 4年生は「星の明るさや色」という単元です。

 この時期、七夕が近いこともあって、夏の大三角(ベガ、デネブ、アルタイル)、さそり座のアンタレスなど、星空観察が楽しいです。

 しかし、説明を聞いただけでは、実際の星空の中でこれらの星を見つけ出すのは難しいです。本校では、プラネタリウムを使って学習しています。プラネタリウムを使えば、季節に応じた星の位置を確認するだけでなく、時間を早めて星の動きを観察することもできます。どのように星座が動いていくのか、動かない北極星はどこにあるかなど、学びを深めることができました。天候が合えば、三浦キャンパス自然教室で合宿を行った際に実際に星空観察も行います。

6年生 修学旅行

 6年生は、6月17日~19日にかけて奈良に修学旅行へ行ってきました。例年よりも涼しく見学することができました。

 1日目は、法隆寺へ。五重塔見て、大宝蔵院をじっくり見学しました。事前に鎌倉国宝館を訪れたり、清泉女子大学の山本勉先生にお話を伺ったりしたこともあって、とても熱心に仏像を見ている様子が印象的でした。

 2日目は、興福寺・東大寺を訪れました。グループに分かれてガイドさんのお話を聞きながら見学します。教科書で学んでいた大仏の大きさに圧倒されている人も多かったです。この日は、子どもたちが楽しみにしていたお土産タイムもあったので楽しんでいました。午後は飛鳥寺へ行き、蘇我入鹿の首塚も見学し、この日はよく歩いたので、ホテルでの夕食も完食する人が多かったです。

 3日目は、世界文化遺産になる見通しの石舞台古墳へ行き、その大きさに驚いていた姿がうかがえました。最後は飛鳥資料館に行き、じっくりと飛鳥の歴史に触れることができたようです。3日間お世話になった奈良交通のバスガイドさんと運転手さんにお別れをして近鉄に乗り、車内ではおいしいお弁当を食べて景色を楽しみました。京都で新幹線に乗り変えて、無事に新横浜駅にて解散式を終えることができ支えて下さった方々に感謝いたします。

やさしいライオン

1学期のまとめの時期になっています。やらなければならないことに自分から誠実に取り組んで、良い夏休みを迎えられるように努力しましょう。

今学期は、清泉で大切にしている10の価値の中の「無償性」について皆さんと考えています。前回までは、やなせたかしさんの作品「あんぱんまん」を通して考えました。「あんぱんまん」は、自分の顔を食べさせ困っている人を笑顔にするという、これまでになかったヒーローでした。どこまでも優しく、自分の利益や見返りを求めない「あんぱんまん」の姿に、皆さんは気づきましたね。

今朝は、やなせたかしさんの別の作品を紹介します。

「やさしいライオン」というお話です。これは「あんぱんまん」が描かれる数年前の作品です。

主人公のブルブルは、みなしごのライオンでした。赤ちゃんの時は何もできませんから、そばでミルクを与え大切に育てる人がいないと、いのちが危なくなり大きくなれません。そこで、メス犬のムクムクがブルブルのお母さんになりました。ムクムクは大事ないのちを預かったので、責任を持って育てます。自分が産んだ子どもではありませんが、ブルブルをそれはそれは大事に育てました。子守歌を歌って聞かせ、ミルクをたくさんあげ、いい子ね、いい子だねと、ブルブルを大きな愛で包みました。ちゃんとしつけもしました。自分と同じ犬の子どもではない、ライオンの子どもを育てたのです。分け隔てのない、見返りを求めない愛があふれていました。無償性を感じます。

ブルブルは大きくなってサーカスの人気者になっても、そんな優しいお母さんをいつも懐かしんでいました。遠く離れていてもお母さんの優しい声やぬくもりを忘れなかったのです。ムクムクのブルブルへの無償の愛は、ブルブルの心にしっかり刻まれていました。

きっとムクムクも、ブルブルのことがずっと忘れられなかったと思います。
最後は人間によって悲しい結末を迎えますが、ブルブルとムクムクの互いを想い合う無償の愛は、なによりも強いものでした。

今日は、「やさしいライオン」を通して無償性を考えました。

 

聖心のミサ

  6月は、み心の月。6月10日水曜日に、”聖心のミサ”が梅村司教様主司式のもと、5名の神父様と共に行われました。6年生が先唱や侍者、聖書朗読を務め、5,6年生からなるボーイズ聖歌隊が答唱詩編や奉納の聖歌を担当しました。共同祈願は、3年生と6年生から代表の児童が出て、保護者の方と教員と共に祈りを捧げました。

 今年は、グエップ神父様が福音朗読とお説教をしてくださいました。今年の福音箇所は、6月の聖句として各教室に掲示されているマタイによる福音書11章です。イエスさまのみ心の深い愛を、子どもたちにゆっくりと語りかけるようにお話しくださいました。グェップ神父様のお言葉を通して、神さまの大きな愛に包まれるようなひと時でした。聖体拝領の時には、神父様方から一人ずつあたたかい按手をいただきました。

 ごミサの最後、梅村司教様から、司教様が手にされている司教杖(バクルス)や、司教帽(ミトラ)、ズケット、指輪についてのお話もありました。子どもたちは、一つひとつにこめられている意味を教わりながら、司教様からの親しみやすいご説明に、笑顔が溢れていました。梅村司教様は、お話の後に荘厳祝福をしてくださり、神さまからの豊かな祝福が講堂に広がりました。シスター方、保護者の方も共に、年に一度の全校ミサに今年度もこうして与れたことに感謝しています。

山の学校

 5年生は、6月4日~6日で山の学校に行ってまいりました。山の学校とは、普段できない生活体験をし、豊かで厳しい自然環境と向き合い、体を鍛え、自分自身を見つめることを目的とした宿泊学習です。

 有意義な3日間にするための目標として、「5分前行動」「自分から」「共につくる」「挨拶・返事・聞く」を心に留め、過ごしてまいりました。

 1日目は、峠の釜めしをいただいた後、諏訪湖間欠泉センターを見学し、諏訪教会で近藤神父様にお会いし、お話を伺いました。「キリスト教で最も大切なことは、神様を愛すること、そして、人を愛することです。自分よりも他の誰かのことを大事にしましょう。でも、人は弱いのでそのように行動できない時があります。だからお祈りするのです。」と仰っていました。

 諏訪教会の帰り道は、皆で足湯に入りました。

 その後は宿へ行き、森林についてのお話を、現役の木こりで森林インストラクターの先生に伺いました。日本の森林率や自給率、育林のサイクルや森林の多面的機能等について教えていただきました。子どもたちは熱心にメモを取りながら、話を聞いていました。質問タイムには、多くの手があがり、時間が足りなくなるほどでした。

 2日目は、いよいよ山登りです。霧ヶ峰連峰の最高峰、車山に挑戦しました。3名の地元ガイドさんにサポートしていただき、さらに長野清泉大学で山岳サークルを立ち上げた2名の学生さんがボランティアとして加わり、子どもたちを見守ってくださいました。標高1650mの八島湿原からスタートし、3時間ほどかけて山頂の1925mまで登り切りました。ラストスパートのかなり急な坂と険しい階段に苦しみながらも、最後の最後まで諦めず全員無事に登頂でき、子どもたちの表情は晴れやかでした。

 リフトで下山後、皆でカレーライスをいただき、黒曜石ミュージアムへ向かいました。長野県の黒曜石の歴史とともに矢じり(石鏃)づくりを教えていただき、1時間ほどかけて黙々と作業をして、職員さんに手伝っていただきながら仕上げることができました。

 夕食の後は、キャンプファイヤ―をしました。キャンプファイヤー委員が中心となり、「燃えろよ、燃えろ」「今日の日はさようなら」を歌ったり、「猛獣狩り」や「人間椅子」といったレクリエーションをしたりして、楽しみました。

 3日目は、鷹山ファミリー牧場での体験ランチがありました。乳しぼり体験と、牛肉ソーセージ作り、バター作りをして、お昼ご飯にいただきました。職員の方のお話で、「牛乳は牛の赤ちゃんのためのものを人間が横取りしてしまっています。牛は嬉しいとしっぽを振るし、悲しい時には涙を流す、感情のある賢い生き物です。お肉になりたいと思って生まれてきた牛なんていません。牛肉になった牛はもっと生きたかったと思います。畑のジャガイモやパンの原料の小麦も同じです。ですから、命に感謝して『いただきます』という心を忘れないでください。」と、命を頂く尊さについて考える貴重な機会をいただきました。

 2泊3日の山の学校でしたが、家族と離れて2泊するのは初めてという人もいたかもしれません。しかし、神様や友だち、先生に支えられ、3日間を乗り越えることができました。

 今回宿泊した八子ヶ峰ホテルでは、子どもたちが快適に過ごせるよう様々な心配りをしていただきました。美味しい食事や広いお風呂は、1日の疲れを癒してくれました。

 また、子どもたちは5分前行動を意識して余裕を持った行動ができていました。先を見通しながら準備をすることができたのだと思います。皆で声を掛け合って、協力したからこその結果です。今回の経験を糧に、これからの学校生活でも「自分から」「共につくる」を生かしさらに成長していけるよう、頑張ってまいります。

あんぱんまんの無償性とは

明日から6年生は奈良県へ修学旅行に行きます。留守の間、5年生、学校のことをよろしくお願いいたします。

さて、今年度は、清泉で大切にしている10の価値の中の「無償性」について考えています。
前回の講堂朝礼では、やなせたかしさんの「あんぱんまん」を紹介して、あんぱんまんの無償性とは何かということを、皆さんに問いかけました。そうしましたら、その後たくさんの方々が、様々な考えを教えてくれました。
先日お話をした無償性とは、「自分の利益を求めない、見返りのない愛を渡すこと」でした。今日もあんぱんまんの無償性についていっしょに考えたいと思います。

まず、4年生の考えをご紹介します。
「あんぱんまんの無償性は困っている人に頭を食べていいよ、と差し出すことができることです。」
「あんぱんまんのことばの、ぜんぶ食べてもいいんだよ、すぐげんきになれる、に無償性がたくさん入っていると思いました。」
そうです。あんぱんまんは、自分の大切な頭をどうぞ、と差し出していますね。そして全部いいんだよ、とも言っていました。自分の頭はなくなってもいい、ということですから大きな犠牲です。
他にも
「とてつもなく優しいところ。」
「心配になるくらいあんぱんまんは、優しすぎる。」
「人を元気にしてあげて、喜ばせることができるところ。」
などに無償性を感じたという考えもありました。
困っている人に、自分の心と体を使って、「どうぞ」とあんぱんまんは言っています。なんて優しいのでしょう。
「自分のことは後回しにして人を助けるところ。」
と言っている人もいました。
そしてあんぱんまんの無償性について、
「悪者をやっつけて、人を助けるのではないところ。」
と書いていた方がいました。いわゆるヒーローのお話とは違うところに目を付けていて、感心しました。バイキンマンもまだ出てこない初期のあんぱんまんは、とにかく自分を犠牲にしていますね。

次に5年生のあんぱんまんの無償性についての考えを紹介します。
「自分のことはいいから、だれかを幸せにできればいい」
自分のことはいいから、ということは、なかなかできないことです。あんぱんまんはそれを実行していますね。
「あんぱんまんは、自分の大事な顔を困っている人に渡して、お返しを求めていない。」
たしかに、わたしの大事な顔をあげたのだから、あなたも私に何かしてちょうだい、とは言っていません。
「大切な自分の顔を失っても、困っている人が笑顔になることを喜んでいること」
「困っている人がいたら、自ら助け、見返りを求めない心」
この2人の方の、“困っている人が笑顔になる”や“自ら助け”という言葉は、特に無償性の核心をついていると思いました。

最後に6年生の考えです。
「あんぱんまんの無償性は清泉で行っているチャリティーのように、周りの人を笑顔にして、自分も笑顔になることだと思います。」
「あんぱんまんの無償性は決して強い武器を持たずに、自分が損をしてもいいから、目の前の人を幸せにしたいということだと思います。」
「自分が傷ついても、他人を助けることだと思います。」
「どんな人にも優しく、困っている人がいたら助けることだと僕は思いました。」
これらの考えの中の“周りの人を笑顔にしたい、幸せにしたい”や、“自分は損をしても傷ついても、どんな人にも”という視点をつかんでいる6年生の考えは、さすがだな、と思いました。大事な無償性のキーワードです。

あんぱんまんを書いたやなせさんは、あんぱんまんをあえて「弱いヒーロー」にしたのだそうです。手足が長く、指が5本あって、マントはぼろぼろ、かっこよくもかわいくもない顔を食べさせるヒーローです。
弱い人が勇気を出したとき、ほんとうのヒーローになるという考えがあります。顔が汚れたりぬれたりすると、パワーはなくなり、困っている人を助けてあげられない状況になる、つまり本来の力が出せなくなる、そんな時にパン作りのおじさんの力を必要とする、そんなヒーローにしたのです。

困っている人を救うというとき、自己犠牲が伴います。そんなときは、あんぱんまんのように、自分の大事な体を使うでしょう、心を尽くすでしょう、汗をかくでしょう、自分の大事な時間を渡すでしょう。
すべては困っている人が元気に笑顔になるように、です。
無償性は清泉小学校で大事にしている「お友だちを大切に」、そのものと言えるとも思います。

また次回の講堂朝礼でも、皆さんと共に「無償性」について考えていきたいと思います。

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