清泉小だより

校長だより

校長だより~地球環境といのち~

今日から7月に入りました。まだ関東地方は梅雨が明けていませんが、気温が高く暑い日が続いています。暑い日は、汗をかいたら汗をふく、水分補給をする、外では帽子をかぶる、部屋に冷房を効かせるなどのことがとても大切です。しかしながら暑いからと言って、冷房の部屋に閉じこもってばかりいては体に良くないので、適度な運動で汗をかくことも大事です。児童の皆さんも、自分の身体は自分で守れるようにしていきましょう。

今年度は、清泉で大事にしている10の価値の中の、「生命」について考えています。前回は、「戦争といのち」について考えました。今回は「地球環境といのち」について考えたいと思います。

今年は6月から猛烈な暑さという言葉を耳にしました。私は子どものころ、横浜に住んでいましたが今のような暑さではなく、家では冷房をそれほどつけませんでした。通っていた小学校にも冷房はありませんでした。

技術の発展などにより、私たちの生活は便利で効率よくなっていますが、その反面、今、地球自体が大きな変化に見舞われています。気温、雨、台風の様子が大きく変わってきています。地球が大ピンチなのです。

地球温暖化は深刻です。平均気温の上昇によって、動物や生物の生態系が変化しています。獲れていたはずの魚が獲れないと、漁師さんが困った様子でインタビューに答えるニュースを見ます。たとえばサンマやサケなどがそうです。海水の温度が高くなったり、潮の流れが変わってしまったりしていることに原因があります。魚にとって栄養があるプランクトンも、育ちにくい海になってしまったそうです。先日の報道では、三陸沖での海面水温が例年より4度高いとのことでした。梅雨明けが早いとそれだけ日照時間が増えますからどんどん海水温は上がるでしょうとのことでした。

ジャイアントパンダも心配です。温暖化により、住みかとなっている山や食物になる竹林が大きく影響を受けています。ホッキョクグマも北極の海の氷が、この40年ほどで毎年北海道の面積ほど失われ、主食のアザラシを氷の上で狩りをする機会が減って栄養不足になってきているとのことです。つまりジャイアントパンダもホッキョクグマも、いのちに危険があるのです。

人間への影響も深刻です。気温の上昇、干ばつ、大雨や洪水による自然災害の激甚化によって、お米や野菜、果物が育ちにくくなったり、感染症を媒介する蚊の生息範囲が広がって感染のリスクが高まったりして、食糧危機や健康被害等による人間のいのちに危険が出てきました。熱中症や、豪雨や、洪水による身の危険を感じることも多くなりました。

「カーボンニュートラル」や「脱炭素社会」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。日本では2050年までに二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの排出量から、森林などによる吸収量を差し引いて0にする目標を立てています。温室効果ガスの排出量をできる限り減らし、森林を大切にすることや再生可能エネルギーの導入を進めることをしています。

まずは、私たちの地球がどうなっているのかを知りましょう。私たちにも地球を守る責任があります。そのためには、何をしたらいいでしょう。思いつくことはありますか。実行していることはありますか。誰かがやればいいのではなく、私たち一人ひとりどのような暮らしをするかが肝心です。生活を見直していきましょう。

小学生の皆さんにもすぐできることは、ペットボトルではなく水筒を使う、レジ袋をもらわないでエコバックを使う、無駄な電気を消す、好きなものを必要な分だけ買う、食べ物を残さず食べる、できるだけ公共交通機関や自転車を使う、ごみを減らす、資源ごみの分別をしっかりする、などでしょう。ぜひ夏休みに、今、地球に何が起きているのかを調べて、地球にやさしいことは何なのか実践してみてください。

前教皇のフランシスコ教皇様も地球環境の悪化を心配され、私たちの生き方にメッセージを出されています。
「地球は私たちの家です。」
「気候の変動は貧しい人々と将来の世代に対する深刻な不正義です。」

まずは地球のために自らアクションを起こしましょう。

校長だより~戦争といのち「かわいそうなぞう 」を通して~

今年度は、清泉で大事にしている10の価値の中の「生命」について考えています。前回は、災害からいのちを守ることについて考えました。昨日は朝の放送で、沖縄慰霊の日についてのおはなしがありましたが、今回も「戦争と生命」について考えたいと思います。

児童が考えた清泉10の価値「生命」のマスコットキャラクター

皆さんは上野動物園に行ったことがありますか。パンダがいました、ライオンやゾウを見ました、という方もいると思いますが、今から80年ほど前の戦争中の日本では、このような動物たちのいのちを薬などで処分せざるを得ないことがありました。清泉の100冊の中に「かわいそうなぞう」(金の星社)という本があります。読んだ人はいますか?あらすじをご紹介したいと思います。

80年ほど前の東京の上野動物園に3頭のゾウがいました。名前はジョン、トンキー、ワンリーといいました。その頃、アメリカとの戦争が激しくなってきました。動物園では、ライオン、トラ、ヒョウ、クマ、ダイジャなど猛獣と呼ばれる動物たちもいました。空襲で爆弾が動物園に落とされたらどうなることでしょう。檻が壊されて、恐ろしい動物たちが街に飛び出し暴れ出したら、大変なことになります。そこでライオンも、トラも、ヒョウも、クマも、ダイジャも、毒を飲ませて殺していました。そしていよいよ3頭のゾウも殺されることになったのです。

まずジョンに毒の入ったジャガイモを与えましたが、利口なジョンは長い鼻でポンポンと遠くに投げ返しました。食べませんでした。仕方なく毒薬の入った注射をしようと試みますが、ゾウの体の皮は厚くて、太い針はポキポキ折れてしまいます。結局、食べ物を1つもやらずにいますと、かわいそうに17日目に亡くなりました。

トンキーとワンリーはいつもかわいい目で心のやさしいゾウでした。なんとかいのちを助けたいと思い、動物園の人たちは仙台の動物園に送ることも考えましたが、仙台の街にも爆弾が落ちるかもしれません。ですから餌をやらずに上野動物園で殺すことにしました。ときどき見回りに行くと、よたよた立ち上がって「えさをください」と細い声を出してせがみました。

「いままで、どのぞうもじぶんのこどものようにかわいがってきたぞうがかりのひとは、ああ、かわいそうに、かわいそうに、と、おりのまえをいったりきたりしてうろうろするばかりでした。するとトンキーとワンリーは、ひょろひょろとからだをおこして、ぞうがかりのまえにすすみでたのでした。おたがいにぐったりとしたからだをせなかでもたれあって、げいとうをはじめたのです。」(本文より)

ゾウがかりの人はがまんできずに餌を運び、水を運びました。「さあ、たべろたべろ、のんでくれ、のんでおくれ。」とゾウの足に抱きすがりました。ゾウに餌をあげてはいけないですし、水を飲ませてはならないのです。けれどもこうして1日でも長く生かしておけば、戦争も終わり、ゾウも助かるかもしれないと、どの人も心の中で、神様にお願いをしていました。

とうとうトンキーもワンリーもついに動けなくなり亡くなりました。ゾウがかりの人は、「ぞうがしんだあ。ぞうがしんだあ。」と声をあげて泣き出しました。その頭の上を、またも爆弾を積んだ敵の飛行機がごうごうと東京の空に攻め寄せてきました。「せんそうをやめろ。せんそうをやめてくれえ。やめてくれえ。」とゾウにだきついたまま、こぶしをふりあげて叫びました。

あとで調べますと、大きなゾウの胃袋にはひとしずくの水さえ、入っていませんでした。

というお話です。
人のいのちが脅かされる戦争は、動物たちのいのちをも巻き込んでしまいます。動物たちを我が子のようにお世話していた飼育員の方のことを考えますと、胸が張り裂けそうです。

前教皇のフランシスコ教皇様は、アフリカのナイジェリアの9歳の男の子の「どうしたら世界中の問題を解決できますか?」という質問に、このように答えています。

「わたしたちは、よい心を持った人たちが、戦争は悪いものだと自由に話すことができるように助けなければなりません。~中略~ 戦争の本当の理由は、自分さえよければいいというわがままな心と欲深さなのです。~中略~ 残念ながら、争いをなくす「魔法のつえ」はありません。戦争に勝つためのいちばんよい方法は、戦争を始めないことだということを、人びとにわからせなければなりません。簡単でないのはわかっています。でも、やってみます。あなたもやってみてください。」

この言葉通り、フランシスコ教皇様は平和の実現のために、生涯、力を尽くされました。新しい教皇、レオ14世も「あなたがたに平和があるように。対話と出会いを通じ、橋を架けましょう。」「世界のリーダーたちに訴える、二度と戦争を起こしてはならない」と強くメッセージを出されています。

未来は、皆さんが作り上げていきます。すべてのいのちを守るため、平和の種を蒔く人として歩んでいかれますように、たくさんのことを知り、考え、対話し、学んでいきましょう。

参考文献
「かわいそうなぞう」金の星社 土家由岐雄著
「フランシスコ教皇さまへ」ドンボスコ社 フランシスコ教皇片柳弘史訳

校長だより~大切ないのちをまもる~

先日、地震津波避難訓練がありました。皆、真剣に訓練に参加していました。訓練は大事です。自分の命は自分で守りましょう。

日本は海や山でレジャーを楽しめる自然に恵まれた土地ですが、地震や津波などの災害も起きる国です。前回から清泉で大事にしている10の価値の中の「生命」について考えていますが、今回は、日本で実際に起きた災害を通して考えたいと思います。

今年の2月26日、岩手県大船渡市で発生した大規模な山林火災は40日経った4月7日に鎮火するまでに、1人の方が亡くなられ、住宅など200棟以上が被害を受けました。山手線の内側の面積の半分ほどが焼けてしまったそうです。

大船渡市は東北三陸リアス式海岸で有名なところです。今から14年前、2011年3月11日には東日本大震災が発生、大船渡の方々は震度6弱の揺れで非常に怖い思いをされ、その後すぐに起きた大津波で大事ないのちをたくさん亡くしました。亡くなられた方、行方不明の方合わせて419人、建物も5000世帯以上の被害が出ました。大船渡は漁業の町で、サンマ、ワカメ、ホタテ、カキやアワビの養殖でも知られていますが、その漁業にも甚大な被害が出ました。東日本大震災から14年かけてその復旧のために全力を注いできていたところに、再び大きな山林火災があったのです。再度家を失う方もいらしたと聞きました。二重被災に見舞われたことになります。

今年の3月のある朝、ラジオを聞いていた時に、まだ大規模山林火災のさなかにあった大船渡の方のメッセージをアナウンサーが読まれているのを聞いて、心が強く痛みました。大津波で被害を受け、お店を別の場所に移して営業を再開されていた方からのメールでした。今回の山林火災からは安全な場所にいらしたそうですが。こんなお手紙でした。

「毎日サイレンが鳴り、消防ヘリが飛んでいます。携帯アラームがけたたましく鳴り響いています。不安ばかりが募ります。道を連なって走る多くの緊急車両・・・天の神様、海の神様、山の神様、私たちはそんなにいけないことをしましたか。海に飲み込まれた夢を少しずつ取り戻しているのに。今度は希望を燃やし尽くしてしまうのですか。」

東日本大震災から14年、今度は大規模山林火災です。悲痛な叫びに聞こえました。どんなに不安だったことでしょう。消しても消しても止まらない火の勢いに、東日本大震災の時の恐怖と重なったそうです。夜になると山が赤く燃えているのが見え、いつになったらこの火がおさまるのかと気持ちもおさまらず、思わずラジオに投稿したということでした。

実際、大船渡市の消防の方は24時間休みなく交代で、民家を守るために懸命に消火活動をされていたそうです。また多くの避難者のために温かいものをと、炊き出しを率先して行った方もいらしたとのことでした。その中に東日本大震災で被災された方々もいらっしゃいました。「やりたくてやっています。」とお話しされ、不安で心が押しつぶされそうな人に少しでも寄り添いたいという強い思いをその方に感じました。

生命を脅かす危険な状況に陥った大船渡の方々を、全力で守ろうとする地元の方々の活動だけでなく、他県からの支援も多々あったと聞きました。生命を守ろうとするたくさんの力が働いていたのです。

月、清泉小学校でもこの状況を踏まえて、義援金として大船渡の方々に送りました。

このような生命の危機にさらされる方々が、日本国内、国外問わず多くいらっしゃいます。私たちは戦争、貧困、災害など、その実状を知ることが大事です。私たちは神さまの子どもですから、いただいた生命を守るために、困難のうちにおられる方々のことを知り、思いを寄せて祈り、何ができるのかを考え、私たちも実行していきたいと思います。

校長だより~清泉10の価値 生命~

先日、低学年わかばのつどい・高学年若葉の集いが終わりました。新緑の美しい季節に 3 年生、6 年生がそれぞれリードして、とてもすてきな1日を過ごすことができました。
楽しみながら、ちがう学年のお友だちと知り合うことができて子ども達はとても喜んでいました。3年生、6年生の皆さん、準備の段階から本番までよくがんばりました。ありがとうございました。

自然教室は、子どもたちの大好きな場所です。自然教室の中に身を置くと、気持ちがほっとしたり、さっぱりしたりしませんか。葉っぱの色、池の中の生き物、ひらひら飛んでいくちょうちょう、土のにおい、青い空など、たくさんの自然を見つけることができます。その中に神様をたくさん感じられるからかもしれません。

4 月のある日、自然教室に到着し入口から真っすぐ歩いていると、鳥の声やカエルの声が聞こえてきました。 
それを聞いていると、思わず聖歌「ごらんよそらの鳥」を口ずさんでいました。

「ごらんよ空の鳥」
ごらんよ空の鳥 野の白百合を
まきもせず紡ぎもせずに 安らかに生きる
こんなに小さな命にでさえ 心をかける父がいる
友よ友よ 今日もたたえて歌おう
すべてのものにしみとおる 天の父のいつくしみを

この歌詞は、新約聖書マタイによる福音書 6 章 26 節の山上の説教がもとになっています。イエス様が弟子たちにお話をした場面です。
そこには、「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だがあなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは鳥よりも価値あるものではないか。」とあります。
自由に飛び回っている空の鳥たち、種を蒔いたり刈り入れしたりといったお世話をされていない野の白百合でさえも、いのちいっぱい生きている、そんないのちを神様は養われ守っておられる、愛しておられる、そしてあなたがたも大きな愛で包まれている、という聖歌です。
私はこの聖歌が大好きです。神様の大きな大きな愛を感じます。
神様は小さないのちを養うように、私たち一人ひとりを温かく見守り、深く愛してくださっています。ご自分の似姿として人間をお造りになった神様は、すべてをよしとされ、大事ないのちを与えてくださいました。みんなを愛していらっしゃいます。

私たちは神様の子どもです。だから私たち人間は皆兄弟姉妹です。神様からいただいたいのちを大切にしましょう。お友だちを大切にしましょう。すべてのいのちを守っていきましょう。苦しみがあっても、悩みがあっても神様は共にいてくださいます。
今年度は、清泉で大切にしている10の価値の中の「生命」について、一緒に考えていきましょう。

最後に聖ラファエラマリア様のことばを紹介します。
「神の愛はすべてのものにおよびます。わたしたちはみな、神のこどもなのです。」

校長だより~ありがとうございます。フランシスコ教皇様~

イエス様のご復活、おめでとうございます。

さて、私たちのために、生涯をかけてイエス様のメッセージを届けてくださったフランシスコ教皇様が、昨日、帰天されました。

復活祭のミサにフランシスコ教皇様はお姿を見せられ、会衆に「ご復活おめでとうございます。」とおっしゃった次の日の帰天でした。復活祭は教会で最も大事にされる日で、イエス様は私たちとともにおられると、一緒に喜びを分かち合った後だったので、教皇様の帰天は、何か大きなしるしのように感じます。

教皇様は、「すべてのいのちが大切にされますように。世界が平和でありますように。」と願われ、世界各国に足を運んで、直接現地の人々と触れ合い、共に祈ってくださいました。
「みんな神様の大事な子どもです。」と、貧しい方々、難民の方々、戦争で苦しむ方々、自然災害で困難の中におられる方々に特に心を寄せ、励まし、「力を合わせて未来を築きましょう、夢と希望を持ちましょう。」と、力強くお話をされていらっしゃいました。

今から6年前の2019年には、日本を訪れてくださいました。東京ドームで行われたフランシスコ教皇様のごミサには、清泉小学校のその当時の児童や先生方もいっしょに与かりました。

来日されたときに若者たちにおっしゃった言葉、「世界はあなたを必要としています。神様はあなたを必要としています。」を心に留めて、皆で希望を持ってこれからも進んでまいりましょう。

フランシスコ教皇様、ありがとうございましたという気持ちを込めて、主の祈りとアヴェ・マリアの祈りを皆で唱えたいと思います。

校長だより~お友だちを大切に・誠実に~

皆さん、ご進級おめでとうございます。

鎌倉の街や清泉小学校の森が、桜で華やいでいます。新年度をお祝いしているようです。春本番の今日、皆さんは新しい学年になりました。

早速、クラス替えがありました。どきどき、わくわくしながら登校したことでしょう。神様が新しいお友だち、新しい先生と出会わせてくださいました。神様に感謝したいと思います。いよいよ2025年度の学校生活がスタートします。朝から、「一緒になったね、よろしく。」「なかよくしようね。」などいろんな声が聞こえましたよ。これからが楽しみです。

また、今年度から新しくなることの一つ目に、時間割があります。昨年度までの時間割と変わって、長くて6時間目までとなります。ですから、時間の区切りも変わるので、確認しながらやってまいりましょう。二つ目に1年生、2年生、5年生、6年生がベトレヘム組とナザレト組の2クラスになりました。それに伴ってお教室の使い方も変わります。慣れていってくださいね。

明日からは、1年生がこの清泉小学校に入学します。2年生の皆さん、いよいよお兄さん、お姉さんになります。心の準備はできていますか?
6年生の皆さん、1年生のときにその当時の6年生にしていただいたように、84期1年生にして差し上げましょう。ご恩送りをよろしくお願いいたします。
3年生、4年生、5年生の皆さん、1年生が困っていたら笑顔で助けてあげてくださいね。「お友だちを大切に」を合言葉に過ごしてまいりましょう。明日はこの講堂で、みんなで1年生69名を温かくお迎えし、入学をお祝いしたいと思います。

春休み中、先生は、オーストラリア語学研修の引率で、78期、79期生の25名と共にブリスベンに行って来ました。清泉の25名は、カトリック校St.Anthony’sprimaryschoolで現地のお友だちと共に学んだのですが、その時のことをお話しいたします。

清泉で学ぶ皆さんのように、St.Anthony’sprimaryschoolの皆さんもあいさつが上手でした。初めて会った日に早速、「Hello」と英語で挨拶をしてくれただけではなく、笑顔で「こんにちは」と日本語で手を振ってくれました。緊張していた清泉小学校の児童も、徐々にリラックスしていきました。「ようこそ」という気持ちが込められたあいさつは本当に温かく優しくて、素敵なプレゼントをいただいたようでした。

そんな温かさがあって、つながりを持ちたいという気持ちがオーストラリアの子ども達も清泉の子ども達も徐々に強くなりました。言葉は十分に伝わらなくても、目と目で、そしてジェスチャーで、お互い誘い合ってお休み時間に遊んだり食事をしたりしていました。

ある日、幼稚園の教室を訪ねて一緒にお面づくりをしたのですが、次の日、
「清泉小学校のお友だちをつねってしまったかもしれないから、幼稚園のお友だちがあやまりたいと言っています。どなたかそういうことをされた人はいませんか。」
と幼稚園の先生からお話がありました。思い当たる清泉小学校の児童はいなかったのですが、この学校でも「ごめんなさい」を大事にしていることを感じました。誠実な子ども達が多く感動しました。まさに「お友だちを大切に」を実践されているなと思いました。

そして、現地のお友だちやお世話になった先生方、ホームステイ先のファミリー、神父様とのお別れを惜しみながら帰ってきました。飛行機で8時間半かかる遠いオーストラリアで『世界のもう一人のお友だち』に実際に出会えたことにより、参加した児童は大きな喜びを感じたようです。

「お友だちを大切に」の言葉にあるお友だちとは、どなたのことなのでしょう。学校のお友だちはもちろん、それ以外にもおうちの方、先生方、お客様、登下校で出会う方々、直接お会いした方々だけでなく世界の方々、みんなお友だちです。みんなイエス様の大事な子どもです。イエス様はすべての方々を大事に思っておられ、みんなの中にイエス様がおられます。イエス様は特に弱い立場におられる貧しい人、寂しい思いをしている人、病に苦しむ人に手を差し伸べられました。そんなイエス様をお手本に、実行してまいりましょう。

イエス様は「互いに愛し合いなさい」そして「人からしてもらいたいことを、人にもしなさい」とおっしゃいました。お友だちの気持ちを思いやりながら、行動しましょう。

自分から温かい心を差し出すと自分も笑顔になるし、その心をいただいたお友だちも笑顔になります。そんな笑顔いっぱいの喜びあふれる学校にしてまいりましょう。

まずは、あいさつから始めましょう。初めて話すお友だちもいることでしょう。自分から進んで「おはようございます。」「こんにちは。」「さようなら。」が言えると、学校中が明るくなります。心がぽかぽかします。あいさつは、魔法の言葉です。

また、「どうぞ、ありがとう、ごめんなさい」そして、「いいよ」とお友だちを大事にする言葉を使うと、お互いのつながりが強くなります。とっても短い言葉ですが、心の底の想いがあふれる大事な言葉です。その言葉が出るか出ないかで、その人自身がどんな人か問われることがあります。特に「ごめんない」はなかなか出ないことがあります。うっかりしてしまうことは誰にでもあります。失敗はあたりまえです。そんな時は、誠実に自分の心に向き合って、ごまかさずに「ごめんなさい」が言えるといいですね。きっと許していただけるし、イエス様も心から喜んでくださいます。

「お友だちを大切に」をあいさつから始めて、誠実な心で、みんなが毎日笑顔で過ごせますように力を合わせてまいりましょう。

 

校長だより~修了式~

今、教会では四旬節に入っています。四旬節とは、復活祭(イースター)前の40日の期間のことです。今年の復活祭は4月20日なので、その前の40日間がイースターです。
教皇様は四旬節のメッセージの中で、「他者とともに歩めているか、その声に耳を傾けられているか、自己中心的になったり自分の必要だけを考えたりする誘惑に屈せずにいられているか、神様のみ前で考えてみましょう。」とおっしゃっていました。私たちは弱いので自分のことを中心に考え、周りに目を向けられないでいることもあります。周りの方々の気持ちに寄り添っているか、復活祭前の日々、お祈りをし、自分の心を振り返って、神様と対話してみましょう。そしてお友だち(クラス、学年、先生、家族、登下校でいっしょになる方々、世界のもう一人のお友だち)に温かい心を差し出しているか考えて、できていなかったら神様に力をいただけるようにお祈りいたしましょう。

今日は、修了式です。この1年間、お友だちと一緒にたくさん学んで、たくさん考えて、たくさんお友だちと協力し合って、充実した日々となったのではないでしょうか。神様に見守られて、楽しい学校生活を送れて幸せでした。神様に感謝です。

さて、いつもなら講堂内は6学年そろっていますが、今日は6年生がいません。そうです、きのう卒業されました。4年生、5年生が学校の代表として卒業式を見守りました。卒業証書を受け取るときの78期6年生の返事は、一人ひとり「はい」と、しっかりした声でした。清泉小学校の卒業生として、胸を張ってとても立派でした。

そしてそのバトンを受け取ったのは79期5年生です。79期の持ち味の優しく温かい心で、下級生を見守り導くことができるでしょう。期待しています。どうぞ よろしくお願いします。

3学期、1年生、2年生、3年生は、おうちの方を招待して総合発表会がありました。学年やクラスで心をひとつにして作りあげていて、先生はとっても感動しました。
1年生は担任の先生方の助けがなくても自分たちで動き、支え合って発表会を作り上げていました。とても立派でした。

2年生はリャマのハニー君のお世話を通してたくさんのことに気づいたり、話し合ったりして、大きく成長しました。この1年間の日々は皆さんの宝ものです。

3年生の総合発表は各クラスでの1年間 の学びがギュッとつまっていました。先生は鎌倉時代にタイムスリップしました。かわらけ、甲冑、大きな絵、大きな立体作品、そして劇も発表も、1つ1つに工夫を 凝らしていました。3年生は鎌倉博士になれましたね。

4年生は、カトリック音楽会、6年生を送る会で歌声を披露しました。皆さんの歌声は、聴いている人の心を震わせます。その一体感はすばらしいです。

5年生は「6年生を送る会」の企画、運営をがんばりました。ありがとうございました。卒業生の心に残る演出が多く、様々なことを思い出して感動している人がたくさんいました。大成功でした。

4月になると新1年生が入学してきます。皆さんは、新しいクラス、学年になります。今日で、1年間共に過ごしたクラスのお友だち、先生とお別れです。きっといろんな思い出でいっぱいのことでしょう。「ありがとう」の気持ちで過ごしてください。春休みは、心も体もゆっくり休めて、新しい学年の準備をし、4月8日、心新たに登校してください。次のクラス、学年も楽しみですね。これからも皆さんと「お友だちを大切に」過ごしてまいりましょう。よい春休みを送ってください。

校長だより~愛はあたえるもの~

清泉で大切にしている10の価値の中の「愛」について、今年度いっしょに考えてきました。皆さんは「愛」について、どのように感じていますか。
前回の講堂朝礼で紹介した神父様が「人によって、感じ方はいろいろですよ。」とおっしゃっていたように、皆さんに聞いてみると、きっと様々な思いが返ってくると思います。

先日、6年生の方とお話をしていて、こんな話が出ました。

「清泉で大切にしていることは、どの教室にもはられているお友だちを大切にです。その言葉を6年間ずっと考えてきました。どうしたらお友だちに喜ばれるか、低学年のときはよく分からなかったです。でもこんなことかなと思った時は、お友だちのためにできることを自分なりにやってきました。」

頭で思っているだけでなく、実行することの大切さを6年生は実感していたのだと、先生は嬉しく思いました。

愛は、周りの方からしていただくことを待つのではなく、自分から周りの方に与えることです。与える愛を実行していきましょう。

『聖母の騎士』という冊子に、あたえる愛についてこんな記事が掲載されていました。

「子どもの日に、お父さんとお母さんと弟といっしょに遊園地に行きました。お父さんは、遊園地でぼくと弟に風船を買ってくれました。帰りの車の中で、弟はその風船で遊びました。でも風船がバックミラーに映って、お父さんの運転の邪魔になりました。お父さんは弟に注意して、危ないから車の中では風船で遊ばないようにと言いました。でも弟はお父さんのいうことを聞かずに風船で遊び続けたので、お父さんはバックミラーが見えなくなり、弟をしかりました。そして今度風船がバックミラーに映ったら、風船を飛ばしちゃうからね、と、言いました。それでも弟は言うことをきかないで、風船で遊び続けたので、お父さんはついに怒って、弟から風船を取り上げ、風船を本当に窓から外に飛ばしてしまいました。弟は、わーんと泣きました。」

車のバックミラーは運転をする人にとってはとても大事な鏡です。後ろの様子に気を付け、安全に運転しなくてはならないからです。さて、それを見ていたお兄さんはいったいどうしたでしょうか。

「ぼくは、ふと手に持っていた自分の風船に目をやりました。すると弟もぼくの風船を見ていました。ぼくは少し考えてから、ぼくも同じだよ、と弟に言って、窓から風船を飛ばしました。すると弟はだんだん泣き止んで二人で仲良く遊びました。」

お兄さんも弟と後部座席に一緒に座っていて、風船で遊んでいた弟の様子を見ていたことでしょう。弟がお父さんの言うことをきかなくて、困ったな、と思っていたかもしれません。弟の風船がなくなってしまい大泣きをしている様子を見て、ぼくはどうしたらいいか、少し考えていました。もしかしたら、おうちに帰っていっしょにこの風船で遊ぼうね、と言おうと思ったかもしれませんし、ちゃんとお父さんの言うことを守ろうね、となだめようと思ったかもしれません。

皆さんがお兄さんだったら、弟にどのようにしますか。このお兄さんは弟と同じになることを選びました。それが正しいというよりも、お兄さんにとって弟を大事にする気持ちがその実行だったのでしょう。その風船はお父さんに買ってもらった大切な風船だったのですが、その大切な風船を弟の風船と同じように空に飛ばしたのです。お兄さんにとっての弟への最大の愛であったと、先生は感じました。与える愛の行いは、何が正解ということではなく、相手を大事に思う気持ちを表すことです。

「愛」は神様の望まれることを行うことと言えるでしょう。聖ラファエラ・マリア様の言葉「まわりの人を幸せにすることそれがほんとうの愛」の実践です。自分もお友だちも、神様から愛されている大事な大事なひとりです。お友だちを大切にすることで、愛である神様を感じてまいりましょう。

校長だより~イエスさまの生き方をお手本に~

2月3日は立春でした。まだまだ寒い日が続いていますが、立春は「暦の上では春」と呼 ばれる日です。最近は日に日に日が長くなって、春が近づいてくることを実感することが できます。3学期の登校日も残り30日を切りました。

皆さんは今、1年のまとめをがんばっていますね。そんな学校生活を送る中で、お友だちとうまくいかなくて「困ったな。どうしよう。」と思うこともあるかもしれません。そんな時は、イエス様だったらどうするかな・・・と考えてみるといいのですが、皆さんはいかがですか。

先日ある冊子(「こじか」オリエンス宗教研究所)を読んでいましたら、神父様への相談でこんなものがありました。
『となりにすわっているお友だちがいつもじまんばかりしているので、話がつまらないです。それで、ほかのお友だちと仲良くしていると、嫌なことを言ってきます。嫌なお友だちと離れたいと思うことは、悪いことですか。』という相談でした。皆さんの中に似たような経験、例えば「このお友だちと気が合わないな。嫌なことを言 われて楽しくなくなったから、このお友だちと離れたいな。」と思ったことがある人がいるかもしれません。そんな時は、皆さんどうしますか。

神父様は「人によって、感じ方はいろいろですよ」「受け止め方は様々であることを知っておきましょう」と書いていらっしゃいました。その上で、次のように続けておられました。『じまんばかりしているとなりのお友だちに対して、あなたは「つまらない、離れたい」と感じているけれど、他の人は「おもしろい」と思っているかもしれないよ。あなたにはとなりの人だけでなく他にもたくさんのお友だちがいる、お友だちはとても大切だから、心の平和を保つためにそのお友だちと少し距離をおくのは、けんかをしないためにあなたが本当にそうしたいならそうしてもいいけれど。イエス様は、「人からしてもらいたいことを、人にもしなさい」(ルカ6章31節)とおっしゃっているから、このみ言葉を努力目標にしてみたらどうかな。』

じまん話ばかりをしているお友だちがつまらないからそのお友だちと離れることは、イエス様のおっしゃる「人にしてもらいたいこと。」なのでしょうか。お友だちを大切にするときに、自分がお友だちにしてもらいたいことかを考えてみるといいですね。また、じまん話をしているお友だちは、本当にずうっとじまんばかりしているのでしょうか。そのお友だちのことをどのくらい知っているのでしょうか。良いところはないのでしょうか。お友だちのほかの面にも目を向けて、お友だちを決めつけてしまわない、よく知るということが大事 だと思います。

そのあと神父様は次のように続けて書いていらっしゃいました。『人間関係は切るのは簡単だけど、再びつなぎあわせるのはとても難しいよ。今は、少し 離れても、いずれ気持ちよく仲良くなれればいいと願っているよ。イエス様の言葉 「自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、自分を愛してくれる人を愛している。また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている・・・・あなた方は敵を愛し なさい。」(ルカ6章32~36節)を読んでみよう。そして、神さまの力をお借りしていつの日か、じまん話のお友だちも、あなた自身も変わって、真の友情が築けるように祈っています。』

さて、ここでもう1度考えてみましょう。お友だちとうまくいかないな、と思ったときにどうしますか。どんな人もお友だちとのことで、困ったり悩んだりするものです。そんな時、皆さんはきっと迷ったり、心を痛めたり、悶々としたりすることでしょう。真の友情は、そんな気持ちのすれ違いがあってもそれを乗り越えて、わかり合い、認め合い、許し合い、絆を 強めていくものだと思います。この神父様のお話のように、「人によって感じ方はちがう」ことを心に留め、お友だちをこういう人なんだと決めつけないで、そのお友だちのことを よく知る努力をしてみましょう。人にしてもらいたいことを、勇気をもってしましょう。そんな困難な時が成長のチャンスです。お友だちも自分と同じように神様から愛されている大事なお友だちです。一人一人の中にイエス様がいらっしゃいます。お友だちを大切にすることって本当にどんなことなのか、お話ししたような経験を通して考えることもありますね。

校長だより~すべてのことにありがとうを~

皆さん、おはようございます。

昨日は大寒でした。1年の中で最も寒さが厳しい頃を意味しています。寒さに負けず元気に過ごしたいものです。

特別宗教に参加している4年生・5年生と音楽科の先生が作ってくださった、聖ラファエラ・マリア様の歌『あなたの心を生きます』はとても素敵な歌ですね。素晴らしい曲を作っていただきありがとうございました。

どの教室の朝礼に出ても、みんなが心を込めて歌っている様子が見られます。そして今日の講堂朝礼でもお互いの歌を聴きながら、全校で歌詞を響かせることができました。

歌詞の中に「すべてのことにありがとうと伝えることができますように」とありますが「すべてのこと」とは何でしょうか。

自分に良いことをもたらしてくれてありがとうございます、ばかりではないと思います。すべてが楽しいこと、すべてが嬉しいことではなく、自分にとって苦い経験があった時もありがとうございます、失敗したことを指摘されたときもそれに気づかせてくださってありがとうございます、ということも含まれるでしょう。

先日授業中、先生が「ここがこんなふうにちがっていますよ」と言ったら、その方は一瞬顔がくもって残念そうな様子だったのですが、「ありがとうございます」と言って机に戻っていきました。「ありがとうございます」と言われて先生は、なんて心が柔らかいのでしょうと思いました。


また時に、思うようにいかないこともその瞬間は感謝の言葉は出ないかもしれませんが、しばらく経って振り返ったときにあの経験は自分にとって宝物になった、と感謝することもあります。私たちは弱い人間です。聖ラファエラ・マリア様のように、すべてのことにありがとうと伝えられますように、と祈りながら歌いたいと思います。謙虚に受けとめられる柔和な心を持ちたいものです。

聖ラファエラ・マリア様の帰天100年を記念して作られたこの曲を、これからも大事に歌ってまいりましょう。

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